ロッキーの資産運用

20代から資産運用をしてセミリタイアを目指してみたブログです

自己紹介


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初めまして!当ブログにお越しいただきありがとうございます。

「ロッキーの資産運用」の管理人のロッキーと申します。

こんな人間が記事を書いてますよってことを軽く知ってもらうために、自己紹介をさせていただきます。

 

幼少期

ロッキーは1996年生まれの日本人です。とある地域の田舎町出身です。

私が幼いころ両親は離婚し、片親に育てられました。母親の両親の家の近くに引っ越し、祖母に面倒を見てもらうことが多かったです。

 

小学生

小学生になってからサッカーを習い始めました。一度も試合を経験することなく、1年もたたずにサッカーをやめました。やはり試合をさせてもらえないと、何のモチベーションにもなりませんでした。

その後は極真空手を習い始めました。極真空手は2年ほど続いたと思います。小さい大会ながら試合にでることができて、勝つことが非常に楽しかった思い出です。しかし、道場には小学生にも満たない小さな子供が増え、その小さな子供たちと練習時間を分け合うことが耐えられず、極真空手もやめてしまいました。兄弟は習字や英語を習っていましたが、私はスポーツばかりやっていました。

小学校中学年ぐらいになると、クラスの中で片親は私だけ、賃貸暮らしも私だけ(田舎なのでマイホームが普通)、そんな自分に強い劣等感を持つようになりました。

そのぐらいの年齢になると、自分の母親は経済的に苦しい生活を余儀なくされていることを認識するようになりました。そのことについて母親にはあえて触れないようにはしていました。それと同時に、母親に対して少し恨みに近い思いがありました。

私だけ友人を家に呼べず、いつも周りの友人の大きい家に遊びに行き、家に帰ると萎えていました。お金への執着のようなものを持ち始めたのは、このぐらいの時期でしょうか。

みんなと一緒にカードゲームを楽しんでいても、ただの勝負はしませんでした。自分がほとんど負けないのをいいことに、ゲームの勝者は敗者からカードを一枚もらうことができる、といったルールを設けて、悪い言い方をすると、いいカード巻き上げていました。いいカードをもらって、さらに自分を強くし、不要ないいカードはクラスメイトや友人に有料で販売していたのです。

漫画好きの友人に対しては、1年後に持っていた漫画の数を比べて、多い方が多かった冊数分×10円をもらえる、といった賭けをしていました(たしか10円でした)。私は1冊が10円以下の漫画を買って、勝負に勝って利益を得ていました。そして母親から買ってもらった漫画棚を友人に販売し、中古本も古本屋に売っていました。

お年玉の時期になると、必ず不機嫌になりました。お年玉の金額が私が一番少なかったからです。年下だからという理由でしたが、納得できませんでした。毎年私が年下なんだから、トータルでもらえる金額が私の方が少ないことを理解していたからです。

 

中学生

ご多分に漏れず、反抗期がやってきました。つまらない勉強など一切やらず、大人には反抗して遊んでいました。学習塾では態度が悪すぎるし、やる気がなさすぎたため、先生の判断で塾をやめさせられました。塾をやめたことにより、完璧に勉強はしない生活となりました。

そんな私でも真面目に取り組んでいたことがありました。部活動です。部活動は自分が好きだったため、続けられました。コーチに怒鳴られてもやめることはなかったのです。好きでやりがいを感じることができれば、きっと打ち込める性格なのでしょう。

中学3年生になると受験を意識させられました。つまらない勉強をするモチベーションを作るために、テストで350点をとったら携帯電話を買ってくれと母親にお願いしました。周りは携帯電話を持ち始めて、私は持っていなかったからです。

母親からの回答は、350点を維持できなければ即解約することが条件でした。

その時期のテストの点数は200点すらとっていないような私でしたが、次のテストで350点以上をとりました。携帯より、PCとインターネット環境を望みました。その方が解約されにくいのではないかと思ったからです。

こうしてインターネットとPCを手にした私は、再び勉強をしなくなりました。

PCでオンラインゲームをやり続けました。1日中やり続けました。そんな生活をしていたらPCを取り上げられてしまいました。代わりにPS3を購入し、そちらでゲームを続けました。受験が近づいているにも関わらず、ゲーム三昧でした。受験当日の朝もゲームをやってから受験に臨むほどでした。

 

高校生

中学校で勉強をしていない私は、偏差値50以下の高校に入学しました。やはり高校でも勉強などはせず、ゲーム三昧でしたが、段々と飽きてきました。そんな15歳のとき、麻雀のルールを覚えてオンライン麻雀にはまりました。

私が麻雀をやっていることを知った、高校の友人も実は麻雀ができました。高校で麻雀ができる人は4人以上いました。そのおかげで、麻雀生活がスタートしてしまったのです。授業中はこっそり麻雀アプリをやり、放課後はみんなで麻雀をやり、土日は泊まりで徹麻をやりました。自分の手牌が悪いときはおりる、良いときは攻める。待っていればいい手牌は必ず来るから、無駄な振り込みをしなければ勝てました。高校生の麻雀はそんなレベルでした。この考えは多少、投資にも活きている気がします。待つことの重要性、忍耐ですね。麻雀でチップをかけることを望んでいた私とは違い、ほかのみんなはチップをかけたがりませんでした。麻雀生活では、それだけが不満でした。

麻雀をやっていたら、3年なんてあっという間でした。進路なんて真剣に考えることもなく、適当に専門学校に進学しました。

 

専門学生

専門学生のときは、ブックメーカーに興味を持っていました。ブックメーカーを通じて、裁定取引を知ったのでした。そんなことに興味をいだいていたため、やはり勉強はしませんでした。適当に就職活動をして、何となく今の会社に就職しました。

 

会社員

入社してすぐに海外に一人旅しました。自分のお金で好きなことをしたかったのです。

海外旅行はこれまでの人生において、素晴らしく楽しい経験でした。そこからいろいろな世界を見たい知りたいと思うようになりました。毎日こんな生活だったら楽しいだろうなと空想して、大型連休は海外に行っていました。しかし、大型連休だと価格が高いし人は多いしで嫌気がさすようになりました。少ない給料に不満を抱いていたため、お金の勉強を始めました。貯金をするようになり、あまり遊ばなくなりました。いろいろな本を読みだして、投資の勉強をしていました。投資の神様ウォーレン・バフェット氏の存在を知り、投資スタイルを真似したいと考えました。しかし、株価が高いと思っていたため、なかなか買付けられませんでした。そして高配当個別株への投資を知りました。さっそく、高配当個別株を買付け、ブログを始めました。

 

それが今のロッキーとなります。

 

 

ブログ開設のきっかけは、このブログを投資通して同じ世代、年齢の方に投資を始めるきっかけを作ること、情報発信者になることで投資の知識が増やせると思ったからです。

 

よろしくお願いいたします。