ロッキーの資産運用

20代から資産運用をしてセミリタイアを目指してみたブログです

何歳になってもチャンスを逃してはいけない


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こんにちは。ミッキーワッキーガッキーベッキーロッキーです。

 

52歳、小さな会社の経営者、糖尿病と関節炎を患っており、胆嚢と甲状腺の大半を失っている男性。

こんなスペックの人を見たら、あなたはどう思うでしょうか。

「もう人生の後半に差し掛かっているし、引退まで何とか勤めて年金生活だな。病気もあるし。」とこんな感じになるでしょうか?

少なくともこれだけのスペックでは、未来に希望を感じるような、ポジティブな印象を持つことはないと思います。

実はこれ、【MCD】マクドナルドの創業者、レイ・クロック氏がマクドナルドを創業したときのレイ・クロック氏のスペックです。

 

レイ・クロック氏はアメリカンドリームの体現者の一人

レイ・クロックは1902年に生まれたごく普通のアメリカ人でした。

学生のときは兵隊として勤務し、戦争にも行きました。(このとき、いつも絵を描いている奇妙な人物と出会っていました。その人はのちの、【DIS】ウォルト・ディズニー・カンパニーの創始者、ウォルト・ディズニーだったという逸話があります。)

 

そしてセールスマンの仕事を始めました。会社内ではトップセールスマンとして、非常に仕事熱心の働き者だったみたいです。

やがてミキサーの販売会社を設立し、ミキサーの販売活動をしていたときに、とあるハンバーガー店を発見しました。そこで見た光景は、レイ・クロックにとっては非常に衝撃的だったのです。

マクドナルド兄弟が発案したハンバーガーの調理工程は無駄がなく完璧でした。システム化されており、ハンバーガーを素早く手渡すことが可能になっていました。

これを見たレイ・クロックはビジネスチャンスと捉え、マクドナルド兄弟にビジネスをやらないかと持ちかけました。マクドナルド兄弟の反応は鈍く、まったく話に乗ってくる様子はありません。レイ・クロックはめげずに話を進め、なんとか店を出すことになりました。

やがて、レイ・クロックとマクドナルド兄弟のビジネスに対する熱意の差から、次第に衝突し始めました。レイ・クロックはマクドナルド兄弟とビジネスの関係を切るために、マクドナルド兄弟に売却の話を持ち掛けました。マクドナルド兄弟はレイ・クロックに売却価格として大金(270万ドル)を要求しました。

レイ・クロックはなんとかそのお金をねん出し、ついに自由に「マクドナルド」の販売権を得たのです。

そしてマクドナルドの創業者として、フランチャイズを世に広め、大金持ちになったのでした。

 

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チャンスを逃すな!

日本において、52歳で起業なんて考えられないでしょう。安定志向が強すぎて、50代で退職なんて道を選べないはずです。それでもレイ・クロックは迷わず行動しました。

常にビジネスチャンスを逃さないように注意していたからです。

ビジネスに限らず、チャンスが訪れたら迷わず突き進む姿勢を真似したいですね。